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「おれらのリューダ祭」公式ブログ

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高麗神社文化祭

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「リューダ」が高麗神社などの宗教施設で公演したり、協力を得たりすることに対して、
市民の活動として疑問を持たれる方もいないとも限らないので、
この際、僕らの立場をはっきりさせ、その考え方に理解を求めるために、いくつか言ってみる。
なぜなら、「リューダの会」は今まで鶴ヶ島市との関係のなかで始まり、
そして、恊働の結果として現在に至っているのだから、そう考える方がいても無理はない。
「公的」ということを気にされる方は気にするものだ。


現在、幸か、不幸か、リューダの活動には「子ども夢基金」よりの助成金以外、
公的な資金は導入されていない。
また、この高麗神社公演に関しては役所からの協力も一切得ることなく、
会とのメンバーと、その協力者と子どもたちだけで準備され、実行されている。
このことは考えれば当たり前のことである。
僕らの活動の主体は、僕らであって、我々が資金を造り、我々が考えて、
我々が面白がれることを、我々の手で自由に創り出し、子どもたちと一緒に楽しむのだ。
我々自身のために。
「たいへんだ!」という感想も、「面白い」「くせになりそうだ!」という感想も
我々自身にゆだねられており、
それが、「また、なんかやりたいね!」となれば、それが続いていく。
(ノウハウなんて、そのなかでいくらでも集積されてくるものだ。)
その継続に対し、役所はあたりまえのこととして協力をおしまないだろうし、
市民生活としての地域のことだから、当然、仕事として関心を持つだろう。
もちろん僕らには、したり顔の倫理性に宗教的(政治的)な意図もない。
高麗神社であろうが、どこであろうが「ここは面白そうだ」という動機性がうずけば、
やろうと考えるだろうし、
どんな立派なところでも気が重ければ、やる気しない、それでいいのだと思っている。
市との関係においても、市の考えにおもねる気もないし、気にする必要もないし、
また、特別視を期待するものでもない。
(恊働などと考えて、自分たちがつまらなくなることを気にすればいいのだ)
かれらも仕事として、市民のため、やれることは協力してくれるだろう
(ただし、彼らの判断で)。


ただ、僕が考えるに「リューダ」のような子どもたちのまったくユニークな先駆的な
「場」を創り出していく活動に(結果も十分出している)継続する補助金一つなく、
助成金のハシゴをしながら、しいのぐしかない現況に(誰か知ってますかー?)
政治の停滞と貧困を感じて、ちょっと腹立たしくなる。
ついでにいっておくと、リューダの活動の社会性に対し、
「一部の子どもたちのこと」とそれを否定する向きもあるようだが、
それは子どもたちの内面性に対して、そのありよう対して
まったく無知な意見であるというしかない。
現代における社会の問題のあり方や未来的な問題はいつも一部の人たちのこととして現像化され、
いつもマイナーなものが、次を創出する者たちであることは自明のことだ。
また、現代の内面的な問題は、
よく観ると問題となった一部のこととして切り取れるものでもなく、
全体に通底しながら事態は、まず一部の人たちに現象として表れている。
「リューダ」の子どもたちが、「リューダ」で得る内面的な充足のプロセスなどは、
「リューダ」の子どもたちに限定されていることではなく、全体の問題となるものだ。
「リューダ」の背後に広がる全体の「課題」を発見することのできない
見識のなさと想像力のなさに、ただただ、あきれるしかない。


高麗神社公演は、高麗神社宮司、高麗文康氏からの声かけで始まった。
高麗さんは、現在、日高市の教育委員を務められており、
そんなことから僕らリューダの子どもたちの動きに注目されていたのだろうが、
僕の知るかぎり、以前より高麗神社は5月5日に「子ども祭」を開催されたり、
文化的なことがらに理解が深く、数々の文化的イベントが開催されてきている。
(先代の宮司は「神社は不良が集まれるようじゃないとダメなんだ」と言っておられたが、
僕は、実業ではない文化(遊びの世界)が、尊重されなければ、人間の内的世界はダメになる、
という風に捉えていた。)
高麗さんから提案されたことは、
・秋の文化祭の一こまとして
・特別な支援もできないが
・あるものは自由に使って
・30分くらいのものを自由にやってほしい
というものであった。


「自由にやって」という提案はまったくもって正当な対応で、
僕たちにとってなによりもありがたいものである。
「自由に・・・」「やりたいことを・・・」などと言いながらチョット自分の想定をはずれると、すぐに「それはダメ」などと言ってしまう、
教育的配慮(子どもはドッチヤネンと思っている)の横行する時代に、
高麗さんの言葉はなんのユラギもない。
このことだけで僕は「リューダの子どもたち」にとって必要な場所であり、
空間となると確信できる。


それとは別に僕らにとって高麗神社という場所は、公演するに魅力的な場所である。
その一つが、高麗さんが、子どもたちに対する愛情と、
私たちの活動の方向に深い理解と共感を感じていてくださることであるのはいうまでもないが
(これこそ、地域が本来「場」として持つべき、子どもたちにとっての意味であろう。)、
実はもう一つある。
それは、高麗神社が、その歴史性において私たちの想像力に働きかけてくる「場所」であり、
それが、私たちの生を照射する「場」となりうるところだ。


高麗神社を「場」として捉えるには、いろんな立場といろんな捉え方がるだろうが、
僕らは、人の生活の「移動」と「居留」をポイントにして「交通」
(内的なコミュニケーションを含む)の問題を、人の生活と「心」のあり方として考えてみたい。
そんなことを実感として展開できる場所は、そうはない。
社伝によれば、およそ1300年前、世界の動乱により、朝鮮半島よりこの地に「移動」した
高麗王を祖として、以来ずっと「居留」し続け神社を守り、
そして生活を高麗さんの一族はされてきたという。
鶴ヶ島にはリューダの会の人たちのほとんどがそうであるように近年ここに住み出した人と、
何代かをこの地に住む人をコミュニティーとして分けて考えがちだが、
高麗さんたちは日高で最も古くからの住民の一つでありながら、
はっきりとした「移動」の過去をもっておられる。
つまり元祖地元住民であり、かつ、元祖他者(よそもの)なのである
(実はどこでも誰でもそんなものである)。
高麗神社にはこのような歴史のなかを生きてこられたいろんな想いが
「おり」のように積み重なっているように僕には思える。


時代のなかで、移ろいゆくもの、また不変のもの、停滞するもの、進歩し進化し、急変するもの。
それらが、一体となり、僕らの外的、内的な環境を作り出し、
僕らの時代の僕らの時間を決定していく。
それは、僕らをとりまく運命のようなものかもしれない。
しかし、そのなかで、僕らの日々の生活を捉え直し、
子どもたちの未来に想いをめぐらせる契機として、
高麗神社での体験と時間は、子どもたちにとっても特別な空間となるに違いない。
時代に翻弄されない心をつかむこと。
その時代に負けないで、生活を続けることは、人類にとって古くて新しい問題だ。

9月29日何かが見えるかもしれない。
僕らはちゃくちゃくと準備をしてきたのだから。
                              by なかジィー


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